視覚障害児の発達を促す主な教育課題



●おもな内容

1.乳幼児期からの早期支援の重要性

(1) 無理やり触らせても子どもの心には何も残らない
(2) '手でものごとを考える力'の土台を育てる
(3) 弱視レンズを使ってクッキリした情報量の多い視経験をしっかり脳に刻む

2.視覚障害教育の根幹をなす'イメージ操作'を高める指導の重要性

(1)視覚障害教育に特有な教育課題に共通する育てたい力とは何か
(2)イメージ操作の力による初期概念形成の三段階
(3)イメージの素とは何か
(4)概念語・触経験・運動経験を意図的に導入しつつ形成するイメージの素

3.空間イメージの広がりを支援する指導の実際

(1)空間を認知する力の大切さ
(2)「右」という方向概念獲得のためのイメージ形成の指導例
(3)空間イメージの広がりを発達全体でとらえる視点とそのための全盲幼児期の学習課題例

1.乳幼児期からの早期支援の重要性

(1) 無理やり触らせても子どもの心には何も残らない
 視覚障害は、多くの情報の取入れ口である視知覚の障害ということから「情報障害」とも言われている。また、適切な支援が不十分なまま放置されると発達に遅れが見られることもある。とりわけ目で見て模倣ができない視覚障害児にとっては、乳幼児期からの支援が大切となる。視知覚刺激がきっかけとなる発達が人には多くあるからである。形や顔の認識、視線追従や模倣等の困難はともすれば外界への興味付けを弱める方向で影響する。これらができない全盲乳幼児には、だからこそ、人との関わりや物のやり取りなど、気持ちの入った共感を伴う関わりの発達を重視し、視知覚以外の刺激による適切な支援アプローチがきわめて大切となる。このような早期教育において大切なことは、話を聞いて理解し言葉で思いを伝える能力、残存視力や触る力を駆使して物事のしくみを知っていく能力、人や物といった外界への興味・感心を高め、関わりへの意欲や移動する能力を育てることである。しかし、いくらこれらの力をつけたいからといって、言葉だけの無理やりの教え込みや子どもの手を取っての無理やりの触らせ方、手を引っぱっての無理やりの連れ歩きなどを決してしてはいけない。子ども自らが「これはどうなっているのだろう」と何回も確かめたくなり、「このまま歩けばきっと、あれに触ることができる」と予測しながら歩けるような、そんな自我の拡大に伴う意欲と目的もある活動がとても大切なのである。視覚特別支援学校の幼稚部や視覚障害乳幼児を受け入れている保育・幼稚園では、見えなくても、見えにくくても、自分の幼い言葉で生活を語り、自分で考え楽しく動き回れる早期教育が追求されてきているのである。

(2) ‘手でものごとを考える力’の土台を育てる
 見えない、見えにくい乳幼児の場合、両親や保育者との‘人と関わる力’の育ちに着目しながら、玩具や動植物などとの‘物の世界’とも気持ちのやり取りのある活動をどれだけ豊かにしているかがその後の学習につながっていくと考えられる。なぜなら、全盲乳幼児の場合、ともすれば耳から入ってくる音刺激(テレビやDVDで聴く音楽や振って鳴らす玩具など)だけで満足してしまい、生活全体が受け身的になりがちだからである。だからこそ、自ら手を出して物や自然に触れ、形をさぐり、分解したり組み立てたりする中で、手で物のしくみをとらえる力の土台である‘試行錯誤しながら手で考える力’を育てる必要があるのである。

図1
電池交換はぼくにまかせて!



(3) 弱視レンズを使ってクッキリした情報量の多い視経験をしっかり脳に刻む
 また、少しでも見えている場合は、鮮やかに見えたという経験を豊富にし、保有する視覚の機能を最大限に引き出すような環境を整えることが大切である。乳幼児期には、視知覚に関する脳の回路が集中的に作られる時期がある。その時期に適切な視覚刺激が与えられないと、脳の回路の成熟が困難になる。この逃すことのできない特定の時期のことを「臨界期」と言う。弱視児においては、視覚系の神経回路の成熟の臨界期に、眼球を形成する器官が十分に発達していない場合が多く、適切な時期に適切な視覚刺激を得られないことで、視覚の発達が遅れる危険性があると言える。そこで、このような乳幼児に対しては、視覚を補助するレンズ類などを用いて、クッキリ見える視経験を多く蓄積させてあげる必要がある。「顔を近づけただけでは見えなかった物でも、このレンズがあればいろんなことに気づけた」、「レンズがあれば奥の方まで、遠くの方まで見えた」といった活動が大切なのである。

図2
今日はどのシールを貼ろうかな?



2.視覚障害教育の根幹をなす‘イメージ操作’を高める指導の重要性

(1)視覚障害教育に特有な教育課題に共通する育てたい力とは何か

 盲児に特有の教育課題としては、点字の読み書きに関するもの、白杖を用いた単独歩行に関するもの、墨字(普通の文字)を音声に置き換えての学習(ICT機器活用も含む)に関するものなどがあげられる。また、弱視児においては、見え方についての自己理解に関わるもの、見え方を補助するレンズ等の支援器具の活用に関するもの、墨字を拡大したときの学習効率低減を補う学習法に関するものなどがあげられる。この他、両者に共通なものとして、一人ひとりの見え方に応じた日常生活動作の確立(身辺自立や食事等のマナー、整理整頓や物の管理等)に関するものなどがあり、これらはいずれも優先度の高い教育課題と言える。

 本稿のみにおいて、これらすべての指導の実際について触れることはできない。よって、ここでは、見えにくさの度合いの違いにかかわらずどうしても育てたい、これら教育課題の根幹を貫くともいえる育てたい本質的な力について紹介する。それは、イメージ操作に関する力である。換言すれば、視覚を用いなくても新たな概念を獲得するためにどうしても必要となる力であり、盲児の思考に抽象的操作性を与えるものであり、身体の自由度を広げる空間認知力に関わる重要な力でもある。

(2)イメージ操作の力による初期概念形成の三段階

 見えない子どもは触ることのできない事物の概念をどのように形成していくのだろうか。イメージを操作する力がそれには大きく関わっている。それはおおよそ次の3段階で幼児期から意図的に指導していきたい力である。
① 視覚以外の触経験や運動経験から運動イメージを形成する第1段階。例えば、全体を触れられないものの代表として「山」の概念の形成過程を見ると、築山のような小山での登り下り、頂上の存在などが、「坂」「登って下りた」「てっぺんで遊んだ」などの言葉とともに身体の中に運動イメージを形成する。盲児の概念形成の第1歩は触経験や運動経験そのものが残す運動イメージ(運動したという感覚の表象)の形成から始まるのである。
② 形成した運動イメージを外に立体イメージとして取り出す第2段階。小山を登り下りする運動イメージは次に粘土などによって立体のイメージとして取り出さなければならない。「昨日、庭のお山でおにぎり食べたよね。先生ここに粘土でお山を作ったよ。おにぎり食べたのってどの辺だったっけ?」とこれまでの運動イメージといま目の前にある山の立体イメージとが結びついて粘土山によるごっこ遊びへと発展すれば、この盲児は自己の運動イメージを外の立体イメージとして取り出せていると言えるのである。
③ 取り出した立体イメージを平面的イメージにまで加工する第3段階。次に粘土の山を輪切りにしたり、押しつぶしたりして平面的なイメージの形成を図る。「上から見たら山は長いまるみたいだね」とか「横にして山を押しつぶしたら三角にペッチャンコになったよ」といったイメージの平面化(見える子どもにとっての絵)の世界に誘わなければならない。形成したイメージを立体→平面、あるいは平面→立体へと自由に変換・加工(拡大・縮小・変形等)できてこそ、やがては、実際に触経験や運動経験等がなくても、これまで蓄積したイメージの操作により、あたかも見ていたかのような新しいイメージを作り出すことができるようになるのである。
 視覚によるイメージを作れない、あるいは作りにくいのが視覚障害児だからといって、いきなり模型を準備すればよいのではない。模型を触っていたらイメージ操作力が自然と育つわけでもない。また、この世の中のものすべてを模型のような触覚教材に置き換えることは当然できない。霞や虹、炎や波紋など触ることができないものの方が多いとも言える。そして、学習の進度につれ、その内容は抽象度を増し、視覚障害児に対してもイメージ操作が求められてくる。地理学習の白地図では山脈は1本の線となる。年度の山のような立体イメージしか持たない全盲生にとっては、なぜ山が線となるのかわからない。これはもう覚えるしかない。「城地図では上から見た山脈は線で表すんだ」と。しかし、山の概念を上記のような三段階にもとづく指導によりイメージ獲得してきた全盲生ならば、上から見た山脈が1本の線になることは納得をを伴う理解となるであろう。このようなことができないと、新たな事柄はすべてそれにまつわる言葉だけを覚え込み、イメージが伴わない空疎な言語表現の状態(verbalism)となっていくのである。

(3)イメージの素とは何か

 将来の抽象度の高い学習理解に向けて、指導者にはこのイメージ操作の力を育てていくために常に考えなければならないことがある。それは「今後汎用性をもつ概念とは何か」である。これがイメージの素である。
 車という概念を形成するためにトラックや消防車・クレーン車などそれぞれについて逐次丁寧な指導が必要だろうか。車概念の肝、すなわち、ここさえ押さえればあとは頭の中での類推と模型だけで車種のバリエーションをイメージできるという車イメージの素があるはずである。
例えば、盲児は車をどのようなイメージとしてとらえ始めるのだろう。お母さんにいつも乗せてもらう子どもにとっては、車のイメージは「お母さんの横にすわってカーステレオを聴くイメージ」と強く結びついているかもしれない。また、エンジンの音、ドアの閉まる音が車のイメージかもしれない。盲児にとって車のイメージは車体の形のイメージからは始まらないのである。車の形を覚えさせようと、筆者は子どもの手を引っぱって車体の周りを触らせたり、一回りしながらタイヤが4つあることを手で確かめさせたりしたが、後で紙箱などによるイメージの再構成をさせてみたときに、タイヤを車体側面に4つ横並びで表現する子どもと複数出会ってきた。

図3
タイヤの位置のイメージはすぐにはできない!



 車として典型的なイメージは、いつも乗せてもらっているような自家用車タイプから育てるのである。では、車というイメージの素として欠かせない条件は何だろうか。それは、車体の形ではなく、「タイヤが左右に2こずつ4つある」「タイヤは回る」「運転席があり運転手がいる」の3条件でよいと思われる。この3条件を満たすペダル踏みカー・電動ゴーカートのような自分で運転できる車遊びの活動(概念形成の第一段階:運動イメージの形成)と、合わせての車の模型などの組み立てや分解といった活動(概念形成の第二段階:立体イメージとしての取り出し)との組み合わせにより車イメージの形成は進むのである。さらに、横に押しつぶした車にはタイヤは2つしか見えないことや上からみたらタイヤも窓もないことなどの平面的イメージの世界があることに導いていくのである(概念形成の第三段階:立体イメージの平面化)。こうして、乗用車タイプのイメージとそこで鍛えてきたイメージ操作力は車全体のイメージの素となって、やがては模型だけでも、または言葉の説明だけでも様々な車種のリアルな理解をもたらしていくのである。

(4)概念語・触経験・運動経験を意図的に導入しつつ形成するイメージの素

 視覚障害児の保育・教育では、園や学校または家庭において伸び伸び育てているかだけを評価していてはいけない。意図的なねらいをもって、意図的に関わらないと育たない言葉や概念、今だからこそ触っておきたいものや全身で感じさせてあげたいことなどが確実にあるのだ。経験量の圧倒的な少なさは自発言語の語彙数の少なさにもつながる。とりわけ、概念やイメージを伴った自発語の数の少なさは発達の遅れをもたらす。
 いつごろ、どのようなイメージをもたせたいか。イメージの素としてふさわしい言葉や経験とは何か。あるイメージの獲得期を仮に来年と設定するとしたら、その獲得に向けて、いつから活動の種まきをするのか、このことが極めて大切となる。
 イメージの素に関する指導のポイントをまとめると次のようになる。
①日常生活をただ繰り返しているだけではつかないイメージを洗い出し、系統的に配列し、それらのイメージを含む活動を組織する。
②将来、役に立つ汎用性の高いイメージの素となるキーワードを意識的に、かつ、獲得期の1年ほど前から入れていく。
③全盲幼児の思考・発想がわかるように、指導者は、盲児の立場に立ち、耳から入る情報や手で感じ取る情報を中心に言葉かけができる力を鍛える。
④イメージの形成が進んでいるかどうかは、幼児自身のつぶやき語の記録が有効である。特に、「…みたいだね」などと、目の前の新しい事象を以前に獲得したイメージとの例えで発語した言葉は必ず記録しておく。

3.空間イメージの広がりを支援する指導の実際

(1)空間を認知する力の大切さ

 見えない、見えにくい子どもたちのイメージ操作の力の育ちにおいて、空間を認知するイメージ力がどのように高まってきているかはもう一つの大きなテーマとなる。見えていない空間を把握しない限り、将来、白杖を操作しての単独歩行はできない。目の前の空間の安全性を信頼してこその移動・歩行なのだ。また、空間イメージはその拡大・縮小といった柔軟な機能性を持たなければ役立たない。点字の触地図を触って感じた距離感覚も実際の歩行では拡大したイメージとして扱わないといけないし、昆虫の模型を触りながらイメージを縮小させて、実際には触れることの難しい虫たちの体の仕組みや動きをイメージするのである。
 このように将来の学習や社会自立のための動作獲得にも大きな影響を及ぼす空間認知の力は、幼児期からの丁寧な段階的指導・支援のもと育てていかなければならないのである。

(2)「右」という方向概念獲得のためのイメージ形成の指導例

 空間認知の基礎は、自己を基準とする前後上下左右といった方向概念形成から始まる。例として、「右」という方向概念を身につけるための指導場面をみてみよう(4歳後半〜5歳の課題)。真っ直ぐ立った位置から「前に歩いて」とか「後ろに下がって」といった言葉の指示と前後への身体の動きのイメージは、すでに一致しているとする。さて、次は「右」をどうやって導入すればいいだろう。方向概念の獲得には、およそ次の2段階での課題が想定できる。
①[自己身体基準系の学習] 多くは「右手」を教えることから始める。ただ、見えない子どもたちの中には「右手」と「右という方向」とを混乱する時期が見られる。つまり、右手でつかんだ物すべてが「右にある」というイメージをもってしまう子がいる。「右」を教えるのに、「右手を横に延ばしてごらん。こっちが右だよ。」とするだけでは不十分だ。右とは右手を横に延ばした指先までだと理解している子もいるからだ。右とは、「その右に延ばした方向、触れなくなっても、そちらにもう動けなくなっても、ずっと向こうまでが右だよ。」ということを言葉だけでなく、体の動きとして運動を伴うイメージとして築いていくのである。「もっと右に歩いてごらん」と子どもを横歩きで右に移動させてみる。教室の端までいっても「もっと右にいってごらん」と続ける。ドアを抜けて廊下に出ても右に横歩きさせる。もう行けない。窓にぶつかった。でも、「もっと右にいってごらん」とさらに続けるのである。窓を開けて子どもを窓の外に安全に降ろしてあげて、まだしばらく横歩きをさせるのである。右とは、「ぶつかるからそこで終わり」となる言葉ではないことを運動イメージとともに育てるのが大切なのである。


図4
先生!右に終わりはないの?

②[客観的基準系の学習] 同様に、左という方向についても指導しよう。そして、ある程度自由に前後上下左右といった自己身体基準の動きができるようになったら、続いて学習を客観的基準による方向概念形成へと進めるのである。
 椅子に座る先生が左手側に少し離れているとき、「先生の椅子の右側に立ってください」といった指示に合致した動きができるようにするのである。この場合、自分の身体は左に移動し、先生も自分の左にきているにもかかわらず、椅子に座る先生からみた自分は右に位置していることが納得できていないといけない。次に、身体の外にある基準に従って物を移動させる学習にも触れる。机の上で、「このリンゴの右側にバナナを置いてください」とか、「あなたがいま座っている椅子を先生の椅子の右側に持ってきてください」といった学習がそれである。

図5-1
客観的基準の右側に身体を移動


図5-2
客観的基準の右側に物を移動


(3)空間イメージの広がりを発達全体でとらえる視点とそのための全盲幼児期の学習課題例

 空間認知の力は方向概念の広がりの系だけで培われるものではもちろんない。様々な学習の中で総合的に築かれていく。その中でも特に関連が深い領域をまとめると次のようなものがあげられる。
①移動・歩行能力の広がり
②探索能力の広がり
③身を置いている周囲の状況を読み取る力の広がり
④実際には身を置いていない空間を予測する力の広がり
⑤空間や物体を立体造形へ模倣したり、平面図形化していく力の広がり
 最後に、小学校入学後の学習を支える空間認知力とは何か、そのためにいつからどんな活動のための種まきをしておけばよいのか、そのための幼児期の学習課題の一例をまとめた表を下記リンクからダウンできるようにしておく。参考にしてほしい。


[表]全盲幼児につけておきたい空間イメージの学習課題例(表 ダウンロード

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