第3回 生徒減も怖くない総合特別支援学校化を考える〜5障害すべてに対応する下関南総合支援学校〜

宮城教育大学教授  長尾 博

下関南総合支援学校校舎の画像


 今回取り上げたテーマは複数の障害種に対応する特別支援学校のあり方だ。8月末、筆者が台風10号と交叉するように向かったのは下関南総合支援学校(大野浩光校長)。この学校は旧山口県立盲学校であり、1905(明治38)年、盲人鍼灸家今冨八郎により開校された創立110年を超える歴史と伝統ある盲学校であった。

 しかし、山口県は、2007年度から特別支援教育が制度的に開始されるのを契機として、「山口県特別支援教育ビジョン実行計画」(第1期、2006年)という新方針の下、2008年度より盲学校をはじめとする県内のすべての特別支援学校を、すべての障害に対応する「総合支援学校制度」に再編したのである。

 今回はインタビュー形式でお届けする。取材に応じてくださったのは、学校長とセンター的機能を担当されている特別支援教育センターの2名の教員、そして2008年の校名変更以前から勤務されている理療科のベテラン教員の4名の方であった。

1.下関南総合支援学校とはどんな学校なのか

 複数の障害種の子どもたちはどのように1つの学校で学んでいるのかをまず聞いた。
 「視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、知的障害、病弱といった5障害の児童生徒が学んでおります。視覚障害の子どもたちだけで視覚障害学部を作っているわけではありません。学部としては、幼稚部から高等部まであり、例えば、小学部の場合、単一障害学級は学年ごとの障害種別学級と学年を合わせた重複障害学級があります。高等部は多くの盲学校と同じです。本科には普通科と本科保健理療科があり、専攻科には理療科と保健理療科があります。聴覚障害生に特化した学科はこちらにはありません。それらは、旧県立聾学校であった山口南総合支援学校の高等部に設置されています。」

 人数が少ない障害種であっても単一障害であれば1学級が作られるのだ。

 「その学年、視覚障害児も聴覚障害児もそれぞれが一人だからといって合級することはありません。学年ごと、かつ障害種ごとに学級を作ります。ただ、‘体育’とか‘音楽’‘自立活動’等の教科・領域によっては視覚障害の単一学級間で学年を合わせて授業することはあります。ただし、重複学級では重複する障害種に着目するのではなく子どもの実態に応じて学級編成をしています。」


表1 H28年度小学部・中学部・普通科に設置されている学級と在籍者数



2.学校はどのように運営されているのか

 各学年ごとにある多彩な学級はどのように組織されているのか尋ねてみた。

 「小学部や中学部といった部単位にて掌握します。視覚障害を担当している職員が集まって視覚障害学部のようなものを作ってはいません。あくまで学部単位です。具体的には、小学部で言うのなら、小学部の教務担当者は小学部全体で出かける校外学習などを企画しています。また、準ずる教育の課程(知的障害課程を除く)学級同士が集まっての行事などもあります。」

 視覚単一学級と聴覚単一学級が合同で取り組むこともあるのだ。
 「過去には6年生の歴史学習で赤間神宮に出かけたりしたことはありました。今年は1年生に視覚、聴覚ともにクラスがありますので一緒に近くの公園に出かけたりしていたようです。」
 運動会や文化祭はこんな具合だ。

 「運動会は幼稚部と小学部合同で行っています。5障害の子どもたちが合同で行います(中学部・高等部では現在は運動会はありません)。なかなかおもしろいですよ。個人競技では視覚障害児は円周総を取り入れたりと障害別の競技もあります。リズム体操などの団体競技では、視覚障害の子どもたちが、知的障害や聴覚障害の子どもたちとともに演技をしています。文化祭は全校行事ですが、小学部の出し物としては準ずる課程の学級合同と知的障害課程学級(重複障害学級を含む合同に分かれて、それぞれ演劇や学習発表をしています。各児童の障害をうまく生かした出し物が例年評判となっています。」

 他障害の子ども同士が学ぶメリットとはどんなものだろう。

 「今年の小学部1年生の視覚障害学級と聴覚障害学級の子ども達は互いの教室を二忌諱して遊んでいますよ。今年の聴覚障害の子どもはかなり‘聞え’がよいので全盲の子どもとも声によるコミュニケーションがとれているみたいです。本校の聴覚障害の児童は、手話中心でないとコミュニケーションをとれないといった重度の方はこれまでもおられませんでした。聴覚障害で言えば、本校が軽度の子どもを集めているというわけではもちろんありません。ただ、これまでの聾学校が山口南総合支援学校となったという経緯からか重度の子どもはやはり山口南に通われるという傾向はあるようです。そのことは視覚障害にも言えます。重度の視覚障害の子どもたちは旧盲学校であったここ下関南を選ばれる傾向があるということです。」

 校務分掌はどのようになっているのだろう。

 「特に障害別を意識した校内組織はありません。全校的な校務分掌は各学部から出し合って構成します。自分がどの障害種を担当しているからということは全く関係ありません。例えば、進路指導部でしたら、現場実習の準備や進路先開拓などがありますが、障害種別に担当者がいるわけではありません。進路先を開拓する担当者は当該生徒が視覚障害であろうが、病弱であろうが、重複障害であろうが、生徒の障害特性に応じた進路先開拓をすすめています。一見たいへんそうですが、視覚以外の実力のある進路指導経験者なども本校に赴任してきますので、相対的にはメリットが出てきていると思います。

 また就職支援コーディネーターが、山口県を3つのエリアに分けて、それぞれの拠点校に配置されているので(本校のある西部では宇部総合支援学校に配置)、連携を取ることで進路先情報などは充実してきています。もう一つ、進路先開拓で言うのなら、山口県の公立高校に置かれている就職アドバイザーが高校生のための会社訪問をする際に障害者雇用についても聞き取り・依頼をするというシステムがあり、データベース化されるその情報も活用できるようになっています。」

3.山口県独自の総合支援学校制度の特徴と課題とは何か

 まず、山口県独自の「総合支援学校制度」の特徴を聞いた。

 「山口県には特別支援学校が12校あり、すべてが総合支援学校となっています。どこの支援学校であっても視覚障害のある子どもが入ることはできます。つまり、視覚障害児が一人であっても、その子のためにどの学校でも1学級が設置されることとなります。でも、実際には、本校以外には視覚障害単一学級は現時点ではありません。視覚+知的障害重複学級籍であれば他の総合支援学校にもおられるのですが。」

 では、盲学校が果たすべきセンター的機能はどのようになっているのだろう。

 「本校に設置している視覚障害教育センターに要請があれば巡回指導に行きます。ただし、全県ではありません。山口県を3つのエリアに分けています。本校の視覚障害教育センターの分担域は県西部エリアの本校を含む4校の総合支援学校とエリア内の地域校(就学前機関を含む。以下同じ)に限られます。県東部エリアの視覚障害教育支援は周南総合支援学校に設置されている視覚障害教育センターが行い、県央部は山口南総合支援学校内に設置されている視覚障害教育センターが担当しているのです。つまり、県内には3つの視覚障害教育センター設置校があるのです。このエリア分けは聴覚障害教育においても同様で、これら3校には、聴覚障害教育センターも別に設置しており、この3校がエリア内の視覚・聴覚障害の支援拠点校の役割を果たしているのです。」

 ここ以外の周南と山口南の2箇所の視覚障害教育センターの担当者は盲学校教員経験者を充てているのだろうか。
 「周南についてはそうです。山口南の方はそうではありません。担当になられてから勉強されています。」

 現在、こちらの視覚障害教育センターから支援している県西部エリアの子どもたちの数は次の通りである。

 「弱視学級が3学級(小学校点字使用一人、中学校に2人)、通常学級籍に2人(いずれも小学校)です。この点字使用の子どもは途中で学習文字を点字に変更したために本校に週2回、事実上の通級指導的な教育相談をしています。県全体では弱視学級数は8学級(小学校5、中学校3)となっています。支援のスタイルは聴覚障害教育センターも同様です。ただ聴覚の方は数が多く視覚の約4倍くらいです。」

 この制度のメリットとしては、次のような話があった。

 「この制度は、メリットとして、運動会の例もありましたが、視覚障害の子どもを知的障害の子どもが手引きをしているとか、肢体不自由の子どもの車椅子を聴覚障害の子どもが押しているとか、あるいは校歌を他障害の子どもも手話付きで歌ったりなど、いろいろな障害のある子どもたち同士の交流による教育効果が見られるシステムであると言えます。山口県の方針として‘身近な地域で子どもたちを育てる’というものがあり、どんな障害のある子どもたちも地域で育つという意味ではよいシステムです。また、各障害ごとに専門の教員を置いています。旧盲学校だからといって、すべての先生に視覚障害の専門性を求めているのではないのです。」

 最後に、総合支援学校制度に関する今後の課題を尋ねた。

 「各障害ごとに関する専門性の向上という観点、つまり、視覚障害を取って見れば、‘専門性の継承’という全国的な課題に対して、この総合支援学校制度がメリットとなるのかについてはまだ検証ができていません。山口県では、視覚障害教育の拠点校をエリアごとに3校指定していますが、旧盲学校である本校で110年にわたって築いてきた盲教育の専門性を、本校からこの3エリアに広げていくことに成功するシステムなのかどうかを検証しているところです。ただ、旧盲学校である本校には理療科も含めてこれまでの盲学校の機能のほとんどが残っているのであり、これまで同様山口県の視覚障害教育の中心地であることは間違いありません。このシステムについては、複数障害が共存する学校作りということで他県からの視察もいくつか受けております。

 また、人事異動においても、山口県では‘公募型人事異動’というシステムを採用しており、各学校が『この分野の専門性の高い教員がほしい』など公募するのです。この内容は各管理職のみに伝えられるのではなく、県内の教員にも公開され募集がかけられるのです。実際には弱視学級や難聴学級の担当者として専門性の高い教員をそれぞれの設置校は公募していますが、まだまだ足りない状況は続いています。山口県では10年経てば異動しなければならないといった機械的な人事はすすめていません。‘希望と納得’があくまで原則です。『このまま視覚障害教育を続けてやりたい』という熱意のある教員を異動させることはありません。

 また、本校は来年度より特別支援学校としては全国に先駆けてコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)導入を目指して取り組んでいるところです(県内小・中学校は100%導入済み)。コミュニティ・スクールとは学校運営協議会を設置し(委員は15名)、学校を取り巻く地域・企業・福祉の方や障害当事者団体などから、‘地域貢献’‘学校支援’‘学校運営’といった3つの地域目線から様々なご意見をいただき地域とともに活動していくシステムです。」


4.地方盲学校の総合特別支援学校化に思う

@これは地方盲学校の「生徒減」に対応できるシステムである

 今年度を見れば視覚障害生だけなら22名という全校在籍者となり、山口県においても生徒減は進んでいることがわかる。しかし、他障害のお陰で下関南の実際の在籍者総数は91名である(表2)。これなら地方の盲学校存続の危機を当面回避できるであろう。


表2 過去20年の全校数の推移(H20から他障害対応)

A「専門性継承」に適したシステムかどうかはさらなる検証が必要である

 全在籍者数はある程度確保できても、視覚障害学級数が少ないことに変わりは無い。しかも全校が視覚障害教育に特化して運営できないために、学内・学部内研究を障害種別にどのように進めていくのか工夫が必要と感じた。今は盲学校時代の「遺産」がまだ輝いている。しかし、この先、新たな財産を視覚障害教育分野で山口県は付け加えていけるのだろうか。

B「視覚障害者としてどう生きるか」の道標を掲げる学校作りに期待する

 小学部の目標は「基本的な生活習慣の定着を図る」と「発達段階に応じた教育活動を工夫し、一人ひとりの資質や能力を伸ばす」の2つである(今年度『学校要覧』より)。他学部の目標も同様だが、どこにも「視覚障害者としてどう生きるか」を念頭に置いた育てたい子ども像が謳われていない。このシステムに、教科指導一辺倒の「準ずる教育」における専門性の継承といった課題解決を狙う素地はある。しかし、それは専門知識向上といった一教員レベルに止まってしまわないか心配する。直接・間接の差別にもくじけずに視覚障害がある自己理解の下、描いてきた夢を目指す子どもたちを世に出し応援する「学校としての専門性」を、山口県が先進的に進める総合支援学校制度は受け止められるのか、今後も見守っていきたいところである。

 
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