第1回 ここまできた「生徒減」を考える 〜在籍10名の鳥取県立鳥取盲学校〜

鳥取盲学校 校舎の画像



1.第1回のテーマは「生徒減」


 連載第1回は鳥取県立鳥取盲学校である。なぜ、鳥取盲学校を連載の第1回としたか。それは多くの盲学校で共通して見られる生徒減という問題を読者とともに考えたいからである。今の盲学校の諸課題を貫く本質的課題とは、筆者に言わせれば、この「生徒減」という問題となる。すなわち、生徒減が生じていないのなら、ここ20年来続けている「盲学校の専門性」という議論も宙に浮くのではないかと考えるからである。そこで第1回のテーマを「生徒減」とした。

 鳥取盲学校では、近年その在籍者数が一桁に突入する勢いで減少し続けている。2016年度は小学部から専攻科まで全校あわせても在籍者は10名。同様に生徒減をくい止めることができず、20名を切ってきている盲学校は地方に複数見られる。その意味で鳥取盲学校は地方における盲学校の歩き方を考える上で典型的な学校と言える。
 今年2016年度の鳥取盲学校の在籍状況は次の表Tとなる。なお、幼稚部と専攻科保健理療科は設置されていない。小学部から高等部普通科といったいわゆる「準ずる教育」課程で学んでいる児童・生徒は小学部で1名、中学部で1名の2名であり、普通科にはいないこと、また、点字による学習者が0であることなども、今年度の鳥取盲学校の特徴である。

表1 鳥取盲学校における在籍学年の内訳(2016年度)



 また、過去20年における各部・各学科別在籍者数の推移は表Uの通り。これを見ると、小学部に在籍していた者はほぼ中学部・普通科へと進学しているようだが、外部から中学部・普通科へIターンして入学する視覚障害生が少ないことに気付く。また本科保健理療科設置の鳥取県における役割が最近まで大きかったことにも気付く。ただ、本科保健理療科設置の役割もほぼ終えてきたのか、理療科と小学部の在籍者数の減少が生徒減の大きな要因となっているようである。また、今年度小学校段階において地域校の弱視学級及び通常学級で学んでいる視覚障害児は、把握している限り4名とのことである。

表2 鳥取盲学校における過去20年間の学部学科別児童生徒数の推移


 ちなみに、鳥取県における少子化の傾向がそのまま鳥取盲学校の在籍数減少に反映しているのかを計算してみた(表V)。2004年度から2014年度にかけての児童生徒数の減少率を見ると、一般小学校の減少率13.1%に対して、盲学校小学部のこの期間の減少率は50.0%、一般中学校の減少率15.6%に対して盲学校中学部のそれは83.3%となった。少子化による影響をはるかに上回る減少率が盲学校の小・中学部に見られた。

表3 鳥取県における少子化の傾向と盲学校児童生徒数の減少率

 また、鳥取県における視覚障害児(者)数の減少傾向がどこまで鳥取盲学校の在籍数減少に反映しているのかを「視覚障害」の身体障害者手帳所持者数から推定してみた(表W)。2004年度から2014年度にかけての18歳未満及び18〜65歳未満の所持者数の減少率を見ると、それぞれ38.3%、43.6%となった。これに対して同期間の盲学校の児童生徒数(18歳未満=小学部〜普通科、18歳〜65歳未満=理療科と見なす)の減少率はそれぞれ57.1%、72.2%となった。身障手帳の所持者数から見たものであるが、鳥取県における視覚障害児(者)の減少傾向以上に盲学校在籍率は低下していることがわかる。

表4 鳥取県における視覚障害児(者)の減少傾向と盲学校児童生徒数の減少率


2.センター的機能の充実は生徒減をくい止めているのか



 教育コーディネーターとして鳥取盲学校のセンター的機能を統括されているA先生に聞いた。在籍する児童・生徒以外で鳥取県内の視覚障害乳幼児から弱視学級を含めての小・中・高校及び特別支援学校在籍者に関わる相談支援等、最近の件数は表Xの通りであった。先の表Uと照合すると、相談支援件数の増加と鳥取盲学校在籍者数はまったく相関しておらず、むしろ逆相関が成り立っているかのようである。外部に出かける支援回数が増加し続けたこの期間は、奇しくも生徒減が助長されてきた期間と重なっているのである。


表5 鳥取盲学校における相談支援回数の推移(平成20年〜26年)


 もちろん、各地域における盲学校のセンター的機能は、生徒の確保のためのものではない。インクルーシブ教育を当然の理念として地域の教育に根付かせるには盲学校と地域校等との人的・物的・質的な連携が欠かせない。そのために相談支援件数は一般的に近年右肩上がりに増加する傾向にあるのである。

 この間、鳥取盲学校が実施するセンター的機能に割り当てられる仕事から、特徴的な内容をいくつか列挙してみよう。

 ・夏期休業中に地域校在籍児を招いての「盲学校体験」
 ・教材・教具の活用事例紹介とその貸し出し
 ・地域イベントに視覚障害に関する相談ブースの設置
 ・ラジオ放送等による視覚障害理解と盲学校紹介
 ・ハローワーク・相談事業所・居住地福祉等との連携

 この他、弱視学級や地域校視覚障害在籍児への定期的なアドバイスや保健師・教員等各種研修会への講師派遣等はもとより、全日本盲教育研究会で近年情報交換されてきたセンター的役割のほとんどが鳥取盲学校でも実施されている。しかし、残念ながらセンター的機能を担う本拠地である盲学校が二桁の在籍者を割り込もうとしている。地域に提供すべき視覚障害教育の理念と手法を開発してきた盲学校が今、こんこんと湧き出させてきた視覚障害教育の泉源を枯らそうとしているのである。

3.盲学校が考える「わが子を通わせたい」という魅力は生徒減をくい止めているのか



 鳥取県における視覚障害教育への理解と盲学校自体の啓蒙はまだまだ不十分との認識の下、同校では保護者を中心とする県民への理解推進活動に注力している。「わが子を盲学校に通わせたい」と思わせる鳥取盲学校の魅力について学校長に尋ねた。

@見え方・見えづらさの丁寧な実態把握、医療との密な連携。
A一人ひとりの見え方に応じた学習の保障(個別の指導計画の全職員共通理解、定期的な発達心理士による実態把握等)。
B情報機器、教育機器の充実(一人に1台iPad割り当て、大画面TV・拡大読書機・PCの各教室配備等)。
C切れ目のない専門性向上研修(専門性向上チームの設置、学習環境チェックの実施等)。
D寄宿舎の設置(通学負担の軽減とともに、自立に向けての生活スキルアップが可能)。
E自然豊かで視覚障害に配慮された広々とした安全な学校環境。

 いずれも、筆者には十分な専門性に基づく魅力と思えるが、残念ながら在籍者数は減少を続けている。それは弱視学級も含めた地域校に魅力の面で負けているとも言える。では、地域校の魅力とは何か。視覚障害教育の専門性と呼ばれているものが、地域校において盲学校より優れているとでも言うのだろうか。仮にそうなら、盲学校がわざわざセンター的機能を果たすべく地域を巡回し、地域校を訪問する必要はない。以上からわかるのは、次の2点である。環境整備も含めた専門性の向上を盲学校の魅力として目指すことと盲学校の生徒減をくい止めることとは現時点であまり関係がない。そして、地域校では盲学校からのセンター的機能が受けられるか否かだけが問題であり、その質的量的内容は現時点では問われていない。つまり、地域校に子どもを通わせる保護者は、盲学校から見守られているという安心感だけで満足を得ている可能性があるのである。

 学校長に「近年の生徒減をどう考えているか」を尋ねた。さきに掲げた盲学校の魅力が「まだまだ必要な人に伝わっていない。早期発見も含めて、福祉あるいは行政を通して必要な人に届くようにラジオで2か月ほど生徒募集の放送を試みている。24時間テレビにも出た。新聞の折り込みを入れたこともある。これらのPRを見て受験された方もあったので、まだまだ私たちの魅力については県民に知られていないと考えている」。これら啓発活動に今後も力を入れていきたいという見解であった。筆者も次の二つのケースにおいては啓蒙活動の強化によって盲学校の魅力が生徒を増やす可能性はあると考える。一つは地域校で学んできた生徒が中卒後の進路先として徹底した個別・少人数指導に基づく目標学力への引き上げを盲学校高等部普通科に求めるケースである。二つ目は、一般校で学び続けてきた高卒・大卒の視覚障害学生の職業選択の一つとして、また人生の再出発を目指す中途視覚障害者の第2の人生設計の場として、高等部理療科に期待するケースである。これらの面でのさらなる啓蒙活動の強化には一定の効果があるだろう。

 ただ、先にも述べたように、義務教育段階においては理解を推進する活動の不足が小学部・中学部の生徒減をもたらしているとは考えられない。同じ生徒減でも、義務教育段階における生徒減の問題は盲学校側に「魅力不足」あるいは「専門性不足」といった責任があるとは言いがたいのである。

4.生徒減は盲学校を廃校に追い込むのか



 ここに、『鳥取県における今後の特別支援教育の在り方について 〜インクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進〜』という文書がある。平成26年9月29日に鳥取県教育審議会が鳥取県教育委員会委員長宛に答申したものである。この中で、鳥取盲学校についてはこのように明言されている。「他県においては、5障がい種を統合して『総合特別支援学校』とした山口県の例をはじめとして、複数障がい種の教育部門の設置を進めてきたケースもある。本県においては、鳥取養護学校、皆生養護学校(高等部)、倉吉養護学校の3校が複数障がい種を対象とした教育を実施している。現在、盲学校及び聾学校の在籍者数が減少してきているが、いずれの学校も高い専門性を有する教育機関であり、県内における存在意義は大きいため安易に統合されるべきではない。したがって、今後の5年間においては、現状の体制を維持しつつ、各学校が蓄積してきた専門性をさらに充実・発展させていくことが適当である」と。すなわち、平成31年度までは単独の視覚障害教育機関として県立鳥取盲学校の存続は約束された。しかし、安心してはいけない。極端な生徒減にも関わらず「高い専門性」があるから当面存続すると、答申は言っているにすぎない。筆者に言わせるなら、至急に次のことを確認する必要がある。この専門性は盲学校のどこに存在しているのか。つまり、視覚障害児(生)を1か所に集める教育の場に存在しているのか、それとも一人ひとりの教員の中に存在しているのか。もちろん、これらを区別・分離することはできない。では、盲学校が廃校となっても専門性を有する教員は養成できるのか。視覚障害教育を目指す教員は盲学校なき後、どこでその専門性を高めていくのか。増加しつつある地域支援の件数、センター的機能の充実、…これら地域支援の中に、視覚障害教育の専門性を熟成してくれる場があるだろうか。その点に関するシステムの提案は、残念ながらこの答申の中には見つけられなかった。

 また、本答申は、特別支援学校における特別支援教育の充実及び環境整備の課題の一つとして、ますます増加する地域支援に対する盲学校への人的加配等に触れている。「特別支援学校は、各学校が蓄積してきた障がいのある児童生徒等の教育に関する知見を活かし、地域の学校等や保護者に対し、障がいのある児童生徒等の教育についての助言又は援助を行う担当分掌を置いている。しかし、各特別支援学校の担当職員は、地域の学校等からの依頼に基づく相談対応や支援会議への参加、関係機関との連絡調整等、多岐にわたる業務を行っていることから多忙化している状況が見られる。今後、特別支援学校のセンター的機能を地域の中で有効に機能させるためには、校内体制の強化が求められる」と述べられている。一見すると、盲学校の充実の方向性を示しているようだが、実はセンター的機能の充実にのみ関心を示しており、地域支援にあたるような専門性ある教員の仕事が加重にならないように盲学校に人的加配も含めて体制強化を求めているにすぎない。すなわち、先にも触れた「専門性は学校にあるのか、それとも教員にあるのか」の議論に対しては明らかに、専門性ある教員さえいれば、さらに活躍できる環境を整備しさえすれば、鳥取県における視覚障害教育の課題には対応できると、いみじくも表明したと言える。換言すれば、本答申は盲学校が生徒減に陥っている原因には何ら言及せず、それが唯一の県内視覚障害教育機関ゆえに盲学校には高い専門性があるという、根拠のない前提に基づいた答申なのだ。それならばこそ、である。県教育委員会が漠然と信じる視覚障害教育の専門性が、盲学校自体に存在していることを、盲学校側から、現場の教職員から、今こそ主張すべきではないだろうか。

 そのことを今後とも現場から主張しないのなら、県教育委員会は次のように思考を巡らすだろう。「盲学校はなくても、センター的機能が果たせれば地域で視覚障害教育はできる」→「地域校に学ぶ視覚障害児を直接・間接的に指導できる専門性のある教員はいるか」→「元盲学校教員に巡回・訪問指導させよう」。

 盲学校で行なってきた視覚障害教育と、地域支援のために盲学校から持ち出している視覚障害教育とがまったく同じだと県教育委員会は信じて疑わないところがある。だからこそ盲学校は、地域に持ち出せない、地域校では根付かすことが困難な視覚障害教育が確かに盲学校にあると主張すべきなのだ。

 鳥取盲学校で長年理療科教育に携わってこられ、鳥取県が任命するエキスパート教員でもあるB先生は「地域において同じ障害をもつ子ども達が関われる機会は盲学校をおいてはない。同じ障害を持つ子ども同士の関わりの中で、障害の受容、意欲の向上を目指す場面は絶対に必要である」と述べる。また学校長からも「一人ひとりに応じた教育課程を考えなければならないことは、盲学校でも地域校でも同じである。が、地域では、それは学校の中の一学級、一担任の配慮や努力に留まらざるを得ないのが現状ではないだろうか。盲学校はそこが違う。その子のために一学級が考えるのではなく、学校全体が考えるのです」と力強い響きの言葉が重ねられた。

5.おわりに



 いただいた資料に「鳥取盲学校が目指す児童生徒像」というものがある。紹介しよう。

 ア.自ら考え行動する児童生徒
 イ.思いやりのある児童生徒
 ウ.すすんで人と関わろうとする児童生徒

 鳥取盲学校の取材を終え、創立者・遠藤董(ただす)先生の銅像に触れさせていただいた。遠藤董は山陰のペスタロッチと呼ばれた人物である。明治43年、私立鳥取盲唖学校を創立、開校時、職員は聾担当の戸田信貞(当時修立尋常小学校長・聾教育研究家)と盲人上田ツナ(京都盲学校出身)の2名で、生徒は盲1名、聾4名であったとされている。意外と小柄なお顔、その割には大きく感じた耳、鼻の下の豊かなひげ、先生と対面してみて、先生の目指された「育てたい子ども像」とはいかなるものだったのか、ふと尋ねてみたくなった。先に紹介した現在の鳥取盲学校の子ども像はいかにも「準ずる教育」の匂いに満ちている。まさに地域校のそれに「準じた」ものである。それが悪いとは言わない。だが、それだけでいいのだろうか。

 盲学校教育は最も伝統ある障害児教育として各地でその歴史を刻んでいる。それは「教科書だって同じなんだ」「差別するな」「同じ公教育なんだ」と地域校との同質性を訴えてきた歴史であった。その努力の裏側で「特別な教育でもあるんだ」「見える子どもを育てるカリキュラムだけでは駄目なんだ」と盲教育関係者が誇りに思ってきた側面を、盲学校はどこかに置き忘れてきたのではないかとも感じる。もしかすると、育てたい子ども像の中に、その盲教育者の誇りを掲げることから盲学校の存在意義は見えてくるのかもしれないなと独り言ちながら、筆者は岡山行き“スーパーいなば”の車中の人となったのである。



・とりネット/手帳所持者数(平成27年3月31日現在)
http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/290031/tetyousyojisyasuu_270331.pdf 

・とりネット/学校基本調査
http://www.pref.tottori.lg.jp/10537.htm

・鳥取県における今後の特別支援教育の在り方について〜インクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進〜(答申)
http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/932790/tousinn.pdf

・偉人録/鳥取県教育の父・山陰のペスタロッチ・遠藤董
http://blog.livedoor.jp/ijinroku/archives/51822844.html


 
注)表の読み上げに対応したワードファイル ダウンロード

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