点図読み取り指導プログラムの開発における段階的指導に適した触図課題の作成とその排列に関する研究
(平成25〜26年度文科省科学研究費補助金研究成果報告書)

宮城教育大学特別支援教育講座  長尾 博

目次 

T. 研究開始当初の背景

(1) 問題の所在
(2) 点図読み取り指導に関する先行研究から学ぶこと
(3) 本研究で用いる実験材を作成するにあたって先行研究から学ぶこと

U. 研究の目的

V. 研究の方法

(1) 点図読み取りに求められている触図能力の洗い出しと触図課題の作成(平成25年度)
(2) 触図読み取り実験の実施方法
(3) 仮説・考察の視点

W. 研究成果

(1) 先天盲・後天盲各グループにみる触知覚/触認知課題の全体正答率
(2) 点図初学者の読み取り易さに配慮した図形の形と大きさ
(3) 点図初学者と凹点の読み取り
(4) 長さの弁別,二重線の幅の弁別課題は先天盲・後天盲ともに低い正答率
(5) 触認知課題における先天盲グループ内の点図未学習者の正答率
(6) 点図読み取りの難易度別にみる触図課題の排列

X. まとめ

参考文献


本文ならびに図表類のダウンロード

本稿印刷用(Word)ファイルダウンロード



T. 研究開始当初の背景

(1) 問題の所在

 近年,視覚障害特別支援学校(以下,盲学校という)をはじめとする点字で学ぶ学習者にとって,点図に触れる機会は増加傾向にある。盲学校における文科省著作点字教科書の点図の活用についての調査(大内ら,2004)などからも,盲学校の授業でも点図が積極的に利用されるようになっていることが認められる。また,実際に,文科省著作の小・中学部用盲学校点字教科書類をはじめ,大学入試センター試験の点字版をみると,少なくない点図化された図版類が用いられており(表T-1,表T-2),もはや点図の読み取りなしにはそれらの内容をつかみきれないばかりか正解を導けないようになってきている。


★表T-1 現行文科省著作点字教科書にみる点図の掲載状況
画像

★表T-2 大学入試センター試験の点字版にみる点図付出題状況
画像


 しかし,教科書や公的な試験において,点図化された図版の読み取りの重要性がこのように増しているにもかかわらず,いまだに点字学習者のための点図読み取りのための指導プログラムが開発されていないのである。文字としての点字が指で読み取れるようになるための触字指導プログラムについてはこれまで複数のものが世に問われてきた。これに対して,図版を点訳した点図の読み取りに関する触図指導プログラムが未開発のままなのである。文字としての点字の読み取りに長けた者が,点図の読み取りににおいても自然と上達していくとは必ずしも言えない(長尾,2009)。そのため,点図を読み取れるようになるための指導が重要となってくる。点図が読み取れるとは,具体的にはどのような図要素が読み取れる能力なのか,それら図要素間の難易度はどのように位置づけられるのか,これらの糸口から,実際の当事者による触図実験を通した研究が求められている。

(2) 点図読み取り指導に関する先行研究から学ぶこと

 点図の読み取り方の指導については,その必要な能力を体系的にまとめたものや,指導の流れをカリキュラム化したものは残念ながらまだ存在しない。ただ,点図読み取り能力の一端に触れたものとしては,図Tのような複合図形を2つの円の重なりとして触図できるまでの過程を探ったものがある(志村,1998)。視覚的イメージをもたない者にとって,重なり図形にみられる交差部分の触図の傾向として,よき連続の因子の働きが弱く,よく閉じた因子の働きが優位となることが一般に知られている(文科省,2003)。つまり,重なりのある交差部では触指は交差を突っ切って,円周をとらえるのではなく,よき因子のまとまる形をもとめて小さく閉じた形の探索へとすすむのである。志村は,このような盲児の触図傾向を克服するために,具体的な図形教材から,具体的な対象物が想像できる認知レベルの力(見立ての力)が大切であり,2つの円の重なり図形の読み取り指導には,点図教材から入る指導よりも,実際に手にもって操作可能な2つのリングを用いた指導から入ることが有効である事例を紹介している。このことからは,点図の読み取り能力には,単なる触知覚レベルの問題だけでなく,触認知レベルが関与していることがわかり,触図を可能としている諸能力を明らかにする上で参考としたい知見である。

★図T 触指が交差部で曲がる傾向がある重なりのある点図
画像

 この他に,点図読み取り指導に関わって,その必要な諸能力として長尾は次の6点を難易度順にあげている(長尾,2005)。

 a.厚紙や板などでできた図形間の合同,相似,拡大・縮小関係がわかる力
 b.輪郭線でできた図形の合同,相似,拡大・縮小関係がわかる力
 c.赤く塗ってあるリンゴの絵も,その輪郭線だけの図として表せることがわかる力
 d.離れた位置に描かれている点線間でも,同種の線か,異種の線かが区別できる力
 e.線をたどっていて交差の位置にさしかかった時,反射的に曲がってしまわないで,交差の意味を考えたたどり方ができる力
 f.立体的なものでも,多方向からの平面的な表現の組み合わせで表せることが理解できる力
 ただ,これらについてはあくまで長尾の盲学校教員経験から導き出したものであり本研究を通して,さらなる検証をすすめたいところである。

(3) 本研究で用いる実験材を作成するにあたって先行研究から学ぶこと

 原図をいかに点図化すべきかの概論としては,亜鉛板印刷をしているアメリカ盲人印刷所(APH: American Printing House for the Blind)が発表している「触図作成のガイドライン」(Guidelines for Design of Tactile Graphics)がある(APH,1997)。ここでは,まず,子どもたちの指導にあたっては,簡単な図から読図のスキルを高める必要があることが強調され,意味もしくは目的において関係性のない視覚的情報は省略されるべきであることや,一部の数学的または科学的な図表を除いては,可能な範囲で,図は2次元的な表現で描くべきこと,そのためには,3次元で描かれた絵を2次元の表現に作り直すための図法をさがすことなど原図の点図への変換方法について述べている。
 わが国においては,パソコンを用いた点字プリンタによる点図の作成が盛んであり,その作成方法の統一化を図る必要性から,長尾(2005),金子・大内(2005),冨澤・辰巳(2009)は作図マニュアルを提唱している。これらは本研究をすすめる上での点図教材作成にあたって基本的なルールブックとなる。また,これらマニュアルでは取り上げられていない細部の点図表現に関する研究として,実験的にその読みやすさや効率性を研究したものとして,長尾(2009)は,グラフの格子線方眼の書き方として,凸線方眼を避けて格子点のみに小点を打つ方眼を推奨している。また,森ら(2011)は,2線の識別性を高める要因を研究し,サイズが同一で点間隔のみを変化させた2線は,点間隔が同一で点サイズのみを変化させた2線よりも識別容易性が高いことを見いだしている。

U. 研究の目的

 本研究は,将来的な点図読み取り指導プログラム開発のための基礎的研究である。まず,触図読み取り能力とはどのような図要素の読み取りを指しているのかを調査する。具体的には,盲学校小学部用文科省著作点字教科書に掲載されている点図の読み取りが求めている図要素の読み取り能力の種類を調査する。次に,視覚障害当事者への触図実験を通して,小学部段階の点字教科書において求められる図要素の読み取り能力間の難易度を明らかにすることがここでの目的となる。

V. 研究の方法

(1) 点図読み取りに求められている触図能力の洗い出しと触図課題の作成

 盲学校小学部用文科省著作点字教科書に掲載されている点図の読み取り能力を具体的にリストアップした(点字教科書の範囲は,図版の多い算数1〜6年,社会3〜6年,理科3〜6年とした)。その上で,これら諸能力を,触知覚優位の読み取り技法なのか,触認知優位の読み取り技法なのかを中心に検討し,触図読み取り実験のための触図課題を次の分類により点字プリンタESA721(図形点訳ソフトはエーデルVer6.56を使用)にて作成した。

 A.触知覚に関する諸能力を判定する課題
 a.4種の図形の弁別課題
 b.5種のサイズによる弁別課題
 c.裏打ち点(凹点)の弁別課題
 d.長さの弁別課題
 e.二重線幅の弁別課題
 f.その他(矢印の鏃の形や切断する線の間隔などの最小読み取り値等)
 B.触認知の諸能力を判定する課題
 a.直線の傾きをイメージする課題
 b.面積をイメージで広げる課題
 c.展開図から立体をイメージする課題
 d.重なり部分をイメージする課題
 e.平面図と立面図から立体をイメージする課題

 なお,触知覚課題とは,指がとらえた触覚象をそのまま保持しその後の弁別時に想起する課題である(例:同じ形のものを探す課題等)。これに対して触認知課題とは,指がとらえた触覚象を,一時的に移動・回転・拡大・縮小等イメージ操作した後に回答しなければならない課題である(例:ある図形を触れた後にその図形4枚でできる面積をもつ図形を探す課題等)。
 本稿では,この中より,表Vに分類した37種類の触図読み取り実験の結果を紹介し,考察を加える。

★表V-1 触図読み取り実験に作成した点図の種類と分類
画像

(2) 触図読み取り実験の実施方法

a.被験者

 先天盲(8名)・後天盲(17名)の2グループを対象に触図課題の達成/未達成等を実験を通して調査した。
 先天盲グループとは,点字読みに長けており,点字による学校教育を受けた者であり,失明の時期が比較的早期の者とした。この先天盲グループは,さらに,点図の読み取りでは十分経験をもつ「点図既学習グループ」(3名:大学生2名と元盲学校教員1名)と「点字未学習グループ」(5名)に分けられた。これに対して,17名の後天盲グループは点字がほぼ読めず,点字による学校教育を受けたことのない成人後の中途視覚障害者である。よって,被験者がどちらのグループに属するかについては,実験前に実施する失明時期・点字による学習歴の聞き取り,点字1分間読み速度テストの結果等をもって判断した。

★表V-2 被験者の概要
画像


b.実施期間

 平成26年9月から10月

c.実施場所

 宮城県視覚障害者情報センター(先天盲0名,後天盲5名),滋賀県立視覚障害者センター(先天盲5名,後天盲5名),広島県立視覚障害者情報センター(先天盲3名,後天盲7名)の3か所

d.触図課題の作成

 図形点訳ソフトに「エーデルVer.6.56」を用い,点字プリンタESA721にて点図を作成した。全37種の点図は図Vの通りである。
 点図では,点字の1点の大きさと同様のものを「中」の点,それよりも小さい点を「小」の点と呼ぶ(中の点は白色,小の点は黄色にて表示した)。中の点による線は点間隔6dot,小の点の線は点間隔5dotが標準となっている。また,触図課題の名前に出てくる「図形サイズ3」などのサイズを示す数値の意味は,その図形の1辺が中の点3個あるいは直径が中の点3個となる図形の大きさを指している。よって,サイズ3から7までの5種類の図形は数値が大きいほど大きな図形となる。
(なお,1dotは,約0.35mm。中点の大きさはおよそ1.5mm,小点の大きさはおよそ1.2mmである。)

★図V 触図課題37種(PDFファイルにて別windowで表示

e.実施手順

 点図読み取り実験に先立ち,「氏名・年齢」,「現在の視力」,「現在の視力になった時期」,「点図を用いた学習の有無」,「1分間点字読み文字数」について調査した。その後,37課題を図Vに示した課題順に実施し,課題達成時間を測定した。実験の全行程はビデオにて記録した。

(3) 仮説・考察の視点

 触図実験の結果については,次の仮説がどこまで明らかにできるのかをまず考察する。
 [仮説]点字がある程度すらすら読める先天盲グループは,後天盲グループに比して,触知覚課題において成績がよい。これに対して,後天盲グループは,点字が読めなくても,豊富な視覚的イメージの活用経験からイメージ操作を伴う触認知課題に強く,触認知課題では,後天盲グループの方が成績がよい。
 次に,触知覚/触認知に2大別した触図読み取り諸能力ごとにみた各課題の難易度に基づく触図課題の排列はどうなるかについて考察を加える。

W. 研究成果

(1) 先天盲・後天盲各グループにみる触知覚/触認知課題の全体正答率

 触知覚課題28種における先天盲グループの平均正答率は81.3%となり,後天盲グループ平均の61.8%を19.5ポイントも上回った。これに対して,触認知課題9種では,逆に,後天盲グループの平均正答率が61.4%となり,先天盲グループの43.1%を18.4ポイント上回った。これにより,仮説で述べた「相対的に,先天盲グループは触知覚課題に強く,後天盲グループは触認知課題に強い」という傾向は,この実験にて認められることがわかった。

★表W-1 触図課題全体にみる先天盲・後天盲別正答率
画像

★図W-1 触知覚優位の先天盲/触認知優位の後天盲の傾向
画像


(2) 点図初学者の読み取り易さに配慮した図形の形と大きさ

 4種の図形(正方形・平行四辺形・三角形・円)を,それぞれ図形サイズ3〜7の5種の大きさで作成した20種の図形に対する弁別課題の結果,次のことがわかった。

a.後天盲グループでは,図形の種類により読みやすさに差がみられ,三角形が最も正答率が高く83.5%,最も低い正答率は平行四辺形の56.5%となった(4種平均は71.2%)。これに対して,先天盲グループではどの図形も90%以上の正答率となり読みやすさに違いはなく,4種平均でも後天盲グループを約20ポイント上回る91.9%の正答率となった。

★表W-2a 図形の形弁別にみる先天盲・後天盲別正答率
画像

★図W-2a 形により読みやすさが異なる後天盲/どの形も読み取れる先天盲
画像

b.後天盲グループでは,図形サイズ3の42.7%の低い正答率から始まり,図形のサイズが大きくなるほど正答率が上がり,サイズ6の86.8%,サイズ7の85.3%が上限となった。これに対して,先天盲グループではどの図形サイズでも後天盲グループの正答率を上回り(5種平均は91.9%),特にサイズ5以上ではほぼ100%の正答率となった。

★表W-2b 図形のサイズ弁別にみる先天盲・後天盲別正答率
画像

★図W-2b サイズが小さいと読みづらい後天盲/小さなサイズも読み取れる先天盲
画像

c.これらの結果から,点字がまだすらすら読めない小学1年生段階あるいは触知覚に劣る者の触図指導においては,後天盲グループにみられた傾向を参考とし,三角形→円→正方形→平行四辺形の順で図形弁別が容易なこと,図形のサイズは6周辺が最適であることを配慮する必要があると言える。

(3) 点図初学者と凹点の読み取り

 点図の表現力の一つとして利用される凹点(裏打ち点)だが,先天盲グループが読みづらさを示さないのに対して,後天盲グループでは明らかに正答率が低くなった。4課題のうち,先天盲グループは3課題で100%の正答率(斜めに配置した2つの凹点の弁別のみ75.0%)となったが,後天盲グループでは4課題平均は54.4%と低くなった。特に,先天盲同様,凹点の斜め配置の弁別が低く35.3%,さらに,凹点で方眼の目盛を数える課題も35.3%と極端に低かった。この結果から,点図初学者にとって,凹点や凹線を用いる学習は注意が必要となることがわかる。特に,グラフ類で方眼を凹線で作成する方法がスタンダードとなりつつある現在,学習者の触知覚の状況によっては凹線方眼を避けて格子点方眼を用いるなど配慮が必要となってくる。

★表W-3 凹点の弁別にみる先天盲・後天盲別正答率
画像

★図W-3 凹点につまずく後天盲/つまずかない先天盲
画像

(4) 長さの弁別,二重線の幅の弁別課題は先天盲・後天盲ともに低い正答率

 触知覚課題の中で,最も低い正答率だったのが,同じ長さを探し出す課題(先天盲平均18.8%,後天盲平均26.5%)と,同じ幅の二重線を探す課題(先天盲平均12.5%,後天盲平均17.6%)であった。2課題ともに弁別する長さや幅の値が小さすぎたため正答率が下がったのか,それともこれら図要素独自に知覚のしづらさがあるのかは実験数が足りないため現時点では不明である。

(5) 触認知課題における先天盲グループ内の点図未学習者の正答率

 被験者数が少ないので参考までに述べるが,同じ先天盲グループでも点図を教科書等で十分には学習しなかった未学習者(5名)の特徴をみておく。触知覚全体平均では先天盲全体(8名)とこの点図未学習者に正答率の差はない(先天盲全体79.3%:未学習者78.4%)。しかし,触認知課題では差が認められた。触認知課題全体平均では,先天盲全体が45.0%に対して,点図未学習者は28.0%と低くなる。触認知の課題別にみると,「平面図と立面図から立体をイメージする(2課題)」(先天盲全体50.0%:未学習者20.0%)と「重なり部分をイメージする(2課題)」(先天盲全体43.8%:未学習者20.0%),そして,「面積をイメージで広げる(2課題)」(先天盲全体37.5%:未学習者20.0%)の3課題で特に点図未学習者の不利が認められた。このことは,点字のベテランの読み手であっても,触知覚によって読み取ったイメージを平面的図形として保持しそれを空間的にイメージ操作できるような点図による学習を意図的にしなければ,読み取れない点図が出てくることを示唆している。

★表W-5 触認知課題にみる先天盲内の点字未学習者の正答率
画像

★図W-5 先天盲内点図未学習者の触認知課題正答率の低さ
画像

(6) 点図読み取りの難易度別にみる触図課題の排列

a.表W-1の37種の触図課題全体を正答率の高い順に先天盲・後天盲別に並べてみたのが図W-6aである。ともに触知覚課題の方が触認知課題よりも相対的に正答率は高いが,先天盲グループにおいて触認知課題として最初に現れるのは25番目の「B01.垂直傾き」(62.5%)であり,正答率の高い順に1位から24位まではすべてを触知覚課題が占めた。つまり,触認知課題のすべてが,図形の形とサイズの弁別や凹点の読み取り課題より難しい課題に位置付けられた。これに対して,後天盲グループをみると,図形の形とサイズの弁別課題や凹点読み取り課題群の難易度順の中に,「B08.円錐の平面・立面図」(94.1%)に始まる触認知課題全9種中8種までが混在することとなり,触図の難易度順に先天盲のそれとは明らかに異なる傾向を示している。

★図W-6a 先天盲・後天盲別にみる全触図課題の正答率順
画像

b.全37課題を,点図読み取り能力の種類ごとに17の小分類に整理し(触知覚課題12分類:触認知課題5分類),これらの読み取りに求められる諸能力を正答率から難易度順に並べてみた。点図未学習の先天盲グループでは,「図形サイズ5〜7の弁別」→「凹点の弁別」→「図形の形の弁別」→「図形サイズ3〜4の弁別」→「5種の触認知課題」となった。これに対して後天盲グループでは,触認知課題の「平面図と立面図から立体をイメージする力」が最も易しいとなり,「図形サイズ7〜4および三角形・四角形・円の弁別」から「サイズ3の弁別」までの間に4種の触認知能力が点在することがわかった。このことは,触知覚課題に長けていない小学低学年であっても触認知の力を高める指導が意味をもつこと,点字を中心とした触知覚を高める指導だけではイメージ操作に関わる触認知能力は身につかないことなどが示唆される。
 また,触認知に関わる諸能力の排列にあたっては,点図未学習の先天盲と後天盲グループに次のような共通の傾向もみられる。「上からみた図・正面からみた図から立体をイメージする力」が正答率が高く,「重なり部分を類推する力」→「イメージで面積を広げる力」が並ぶ。両者の違いとしては,後天盲に対して,先天盲では,「垂直の傾きをイメージする力」が高く,「展開図をイメージにて組み立てる力」が低いという特徴を示した。

★図W-6b 点図読み取り能力の点図未学習先天盲・後天盲別難易度順排列
画像

X. まとめ

 以上の成果を踏まえて,点字および点図の触読指導における配慮項目がいくつか明らかとなってきた。
 視覚障害当事者を被験者とするこの点図読み取り実験を通して,仮説通り認められた「相対的に,先天盲グループは触知覚課題に強く,後天盲グループは触認知課題に強い」という傾向は,点字触読能力を高めると図形サイズ3のような小さな図形弁別や凹点の読み取り能力においても不利にならないことを示すとともに,逆に,点字が読める/読めないにかかわらず,触認知能力を高めることはできるということを示した。点字の触読指導と並行しての早期からの点図触読指導が求められるところである。
 また,点図触読指導を始めるにあたっては,本実験における後天盲グループが示した触知覚・触認知課題の正答状況が役立つであろう。つまり,形の教材を提示する場合,三角形や円の弁別のしやすさ,また,図形サイズは中の点6個が1辺となるくらいの大きさが読みやすいこと,そこからスタートして,平行四辺形と正方形の弁別やサイズを3に向けて下げていく小さなものの弁別,あるいは凹点を用いた教材へとすすめるとよいことが示唆された。
 点図未学習の先天盲グループが示した,後天盲グループと比較しての触認知課題における正答状況も興味深い。のきなみ触認知課題が低い正答率で下位に並んだ。これに対して,後天盲グループでは,単純なサイズ3の弁別課題よりも高い正答率を上げる触認知課題が多数あった。つまり,点図読み取り能力のうち,触認知に関わる能力(イメージ操作の力)は点字触読を中心とする触知覚を高める指導だけでは自然と身についてこない能力であることがわかった。後天盲の者が,見えていた時代に多く容易に行っていたイメージ操作の力は,視覚を中途にて失っても残存するのであり,また,点字が読めないという未熟な触知覚能力による今回の触図課題の触読からでも,その力を引き出すことができたのである。この点からも,視覚を用いてのイメージ展開が期待できない点字学習者に対しては,早期からの意図的なイメージ操作能力を高める点図を用いた指導がさらに求められていることを最後に強調しておきたい。

主な参考文献

○大内進他, 2004, 盲学校における触覚教材作成および利用に関する実態調査, 国立特殊教育総合研究所紀要第31巻. https://www.nise.go.jp/kenshuka/josa/kankobutsu/kiyo31/A-31_07.pdf

○金子健 大内進, 2005, 点字教科書における図版の触図化について〜触図作成マニュアルの作成に向けて〜, 国立特殊教育総合研究所紀要第32巻. http://www.tenji.ne.jp/syokuzu/manual/syokuzu.html

○志村洋, 1998, 手で形を探る:ハプティック技能の学習, 月刊「教育と医学」第46巻6号, 慶應義塾大学出版会

○冨澤邦子 辰巳公子, 2009, エーデルをはじめよう(Web編・クイックスタート編). http://www.ntut-braille-net.org/EDEL-Web/

○長尾博, 2005, パソコンで仕上げる点字の本&図形点訳, 読書工房

○長尾博, 2009, 点図化されたグラフ格子線の表現方法に関する研究, 広島大学大学院教育学研究科修士論文

○文部科学省, 2003, 点字学習指導の手引(平成15年改訂版), 日本文教出版.

○APH(American Printing House for the Blind), 1997, Guidelines for Design of
 Tactile Graphics. http://www.aph.org/research/guides/#primary_content


思索室TOPページへ戻る