第28回 愛知の巻 その1  知らなかった伝統の技が手に取るようにわかった有松絞り

 有松絞り(国の伝統工芸品)は、愛知県名古屋市緑区の有松地域を中心に作られている絞り染めです。この地域は、江戸時代以降、日本における絞り製品生産の中心地だったようです。絹を用いる京友禅などとは異なり、木綿を藍で染めたものが代表的です。

 今回、ガイドをお願いしたのは「有松あないびとの会」です。まずは電話にて、こちらが全盲であること、できれば絞りの技に触れてみたいとだけ伝えておりました。1月13日、私を名鉄・有松駅にて迎えてくださったのはあないびとの会のKさん、挨拶もそこそこにさっそく旧東海道の有松鳴海絞会館に手引きしていただきました。

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現在の旧東海道は昔の繁栄と、日本建築の美しさを今に伝える



 まず、Kさんは有松絞りの歴史から話し始めてくださいました。現在の有松地域は江戸時代の初めには東海道筋にも関わらず人家の無い荒地であったため、入植のお触れが出されました。それに応じて、1608年知多半島から8名の入植者があったと言います。この入植者を束ねたのはわずか18歳の竹田庄九郎という若者でした。1610年、彼らは名古屋城築城に出稼ぎに行ったときに出会ったのが豊後から名古屋にきていた人たちの絞りの布だったそうです。稲作にも不適な有松に、出身地の知多木綿をもとに庄九郎らが絞りの技法を開発、根付かせていったのが有松絞りの始まりでした。有松絞りは、尾張藩が藩の専売の特産品として保護し、竹田庄九郎を御用商人に取り立てました。東海道の旅人は故郷へのお土産にと、きそって絞りの手拭、浴衣などを買い求め、これが街道一の名産品となり、その繁栄ぶりは、北斎や広重の浮世絵にも描かれました。1866年、14代将軍徳川家茂が第2次長州征伐のため上洛する際、有松にて彼は有松絞りを2反買ったとの話もあるそうです。

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広重の浮世絵「鳴海の宿」は有松を描いたもので、「名産有松絞り」と記されている



 「見えない人に絞りの説明をするのは初めて」と言うKさん。まずは「蜘蛛巣絞りが基本です」と布と糸を手渡されました。こうして、ご自身も職人について練習をしておられるKさんだけあって、とても的を射た私の手を取っての説明が始まりました。

 絞る位置を針金の鍵棒でひっかけて5センチほど飛び出させた円錐部分をその裾を規則正しく折りたたみ下から強く糸で先端まで縛り上げていきます。きつくきつく糸で巻き上げていかないとそこに染色液が入り込んで染まってしまうのです。糸で縛り込んだ部分だけが染まらずに模様を作るのが基本的な仕組みなのです。だから、何重にも糸できつく縛るのです。この絞り方だと布を染めたあと糸を外すと絞っていた部分は蜘蛛の巣のような模様ができあがるとのことでした。

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蜘蛛巣絞り、なかなかきつく糸を巻き付けられません



 絞りを施すのは幅約40センチ、長さ約13メートルの反物全体です。鹿の子絞りのような小さい絞りでしたら、なんと一反に20万箇所も絞ったものもあるとのことです。

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鹿の子絞り、きれいな凹凸が布全体に感じられます




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帽子絞り、昔は竹の皮をかぶせて染まらない部分を作った技法(試しにラップで帽子を作ってみた)



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縫い絞り、布を屏風折りにし糸で絞る技法、染めると「青海波」という模様が現れる



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雪花絞り、屏風折りにした布を三角に折りたたみ天地を板で染めたくない部分を押さえる技法、雪の結晶模様や豆絞り模様ができる



 有松絞りは、職人のみなさんの分業により成り立っています。@白布に青花で絵付けする人 A糸で絞る人(絞り方の技法ごとに職人が異なる) B染める人(多色染め) C布から糸を抜く人 D縮まった布を伸ばす人(湯のし) E布を仕立てる人…。

 有松は東海道沿いをぶらぶら歩くのも楽しい街です。有松絞りの先駆者「庄九郎」の代々のおうちでしょうか、絞りの販売とおしゃれなカフェに「庄九郎」の看板が出ていました。

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「庄九郎」の名前のお店




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こんな革製品の小銭入れにも絞りが施されている




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ここはデイサービスの建物、街を歩くと、あちらこちらに「有松」と書かれた絞りの暖簾と出くわす 




 見えなくても楽しめる旅の一つの要素となる「好奇心を満たしてくれる体験」がここ有松にはありました。実際の本物を用いた有松絞り体験ではありませんでしたが、Kさんが取りそろえておいてくださった道具類のおかげで十分その技法が理解できました。絞っていったものを触らせて終わりでなく、Kさんは「はい、さあ、やってみましょう」と私に手を取ってさせてくださいました。まるで盲学校の先生です。見えない人は実際に動きを学んでもらわないとわからないということが、Kさんはなぜか初めてなのにわかっておられました。こうして、今回も素晴らしいガイドのおかげでとても印象に残る旅となったのでした。

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街道沿いに御手洗団子屋さんが出ていました



○参考サイト
有松あないびとの会
https://www.nagoya-info.jp/view/volunteer/anaibitoo.html


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