第5回 東京の巻 その3 一流の美術作品があなたの手に伝える声を聴き取れ!「朝倉彫塑館」


 日暮里駅を尻目に坂を上がっていくと、そこは谷中。空気が違う、匂いが違うのである。


写真1
谷中銀座商店街でみつけた「ちょんまげいも」。黒ごまを表面にびっしりまぶした焼き芋。美味である。


 行き交う人々の楽しげなざわめき。縁日の匂いがどの辻を曲がってもしている。そんな一角に朝倉彫塑館はあった。ここは彫刻家・朝倉文夫(明治16年〜昭和39年)の自宅兼アトリエを今に残す美術館である。


写真2
朝倉彫塑館の全景。屋上にも彫刻がある。


 そばを通り過ぎた来館者の声が漏れ聞こえた。「屋根の上に、飛び降りようとしている人の彫刻があるぜ」。後でわかったのだが、屋上の縁に半分身を乗り出している彫刻はもちろん飛び降り自殺なんかの像ではない。

 洋館入り口の前庭には自由に触れる彫刻が置かれている。男性の裸体像に触れたが残念ながら全体を触るには大きすぎた。


写真3
前庭にある裸体の男性の彫刻、手の位置までしかとどかなかった。



 入館にあたっては、事前にぜひ視覚障害という事情を電話にて学芸員の方に伝えておこう。なんと館内の展示作品のほぼすべてに触ってもよいという許可をいただくことができた(触れてもよいのはもちろん事前に許可を得た人だけだ)。また、音声ガイドの貸し出しもあるので同伴者に解説文を読んでもらうこともそれほどはない。

 館内は一切カメラ撮影が禁止である。よってここでも写真にて紹介はできないが、手に伝わるいくつかの声を聞くことができたので、少し書いてみる。

 代表作のひとつとされている「墓守」にもたっぷり触れられた。うつむき加減のごつごつとした男であった。頭が大きい。頬が垂れているのか年をとった男なのか、立ち姿とあわせてもなにかもの悲しい。きっと無口なのであろう。履物はブーツ。職人気質を感じる。「スター」と題された日本大1号の警察犬の作品。まるで大きな魚の胸ヒレと勘違いした垂れた耳はでこぼことしている。ここにもこんなに筋肉があるのかと思えるくらいだった。手足の動きに従って波打つ背中の筋肉の盛り上がりも見事で、伏せていても伝わる犬の緊張感が感じとれた。楽しみにしていたのが一連の猫の彫刻群である。一言でいえば、どれもが、その居住まいを誇るような猫であり、どの猫も独立心が強く存在感をアピールしていた。ただ、ペットとしての猫に長年触れてきたわが身としては、頬肉やおでこに盛り上がりや凹凸線のある猫の顔の表情は、私の中の猫ではなかった。アトリエには、なぜか私たち視覚障害者の大先輩「宮城道雄」の胸像もあった。整ったお顔立ち、なぜか左右の目の大きさが違っていた。国会議事堂にある大隈重信像も朝倉文夫の作であるが、残念ながらこれには触れられなかった。いずれにしろ、ホームページで紹介されているこれら朝倉の代表作が、じっくり触れるのである。視覚障害者にとっては、なんとも贅沢な手の時間である。

●朝倉彫塑館の主な展示作品、これらが触れて鑑賞できるのだ。
http://www.taitocity.net/taito/asakura/collection.html

 この建物は中央に疎水を引き込んだ池のある中庭があり、洋館部分のアトリエと居住空間の日本家屋とがこの中庭を取り囲んだ構造となっている。そして、おもしろいのが洋館部分の屋上庭園であった。朝倉は自身、彫刻の塾を開いていたのだが、その学科のひとつに園芸を設けていたという。戦前からある屋上農園はめずらしいという。土を運びあげるのも大変だっただろう。この屋上は撮影可能。戦後すぐに植えられたという大きなオリーブの木がまず目についた。


写真4
樹齢70年?杖を伸ばしてもまだその2倍の高さはあるオリーブの木。


写真5

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屋上から見える町並み、角度によってはスカイツリーが見える


 この屋上農園でできた野菜などが彫刻塾の教材にもなったのだろう。


写真8
収穫した野菜を洗った場所、ブタの口から水が出る、まるで小便小僧のよう。


 屋上の探索を続けてみる。ぜひ、壁にからまる蔦も触ってほしい。ペギー葉山じゃないが、「蔦のからまるチャペルで…」の様子がここでは手に取ってわかる。蔦がからまるとはこんな様子なのかが。


写真9
蔦のからまる屋上の壁


 下から見上げていたときに見えていたあの「まるで飛び降りようとしている姿」の彫刻がここにあった。やはり後ろ姿である。杖を伸ばして距離を測るが、手では到底触れない。学芸員によると、もしろん自殺するところなんかではない。朝倉文夫の弟がモチーフのようである。題名は「砲丸」、よく見ると手に砲丸を抱いているようである。


写真10
砲丸を抱いた屋上の縁にしゃがむ像を杖でつっついてみた。


写真11
「砲丸」の作品を下からアップでみると…


 触る文化にまさに触れたい人、ぜひ東京にこられたら立ち寄ってほしいのがここ朝倉彫塑館である。彫刻はもとより、昔ながらの日本家屋の造りにも触れられる。和室の調度品の中には手に触れてもよいものもある。美術鑑賞というより、朝倉の愛した文化の声までが、きっとあなたの手に聞こえてくることだろう。


●朝倉彫塑館のホームページはこちら
http://www.taitocity.net/taito/asakura/


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