第7回 岩手の巻 その1  ‘はじめてわかった!’と必ず3度は口をつく「視覚障害者のための手でみる博物館」


 盛岡市に立ち寄るのなら、「視覚障害者のための手でみる博物館」を素通りしてはいけない。盛岡駅からはタクシーで10分強、川又館長の自宅2階がそのまま博物館となっている。なんと博物館なのにガラスケースのひとつもない、すべてが手で触れられるという世界でも類を見ない博物館だ。

 1981年、全盲の桜井政太郎さん(元盛岡視覚支援学校教諭)が私立にて開設された本館は2011年よりNPO法人として再スタート(現在は川又若菜館長)、ますます充実してきている。

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これが手でみる博物館、2階とガレージに展示物がいっぱい



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80歳を前にますますお元気な桜井先生




 この博物館の3大テーマは、(1)生命 (2)宇宙 (3)文化(人間の知恵)である。そして、すべてを貫いて、模型による本質・概念の理解→実物・剥製などの触認知〜自由なイメージ力の獲得、という流れで、全盲の視覚障害者に「言葉では知っていたけど、触ってみてはじめて‘わかった!’」といううれしい驚きを届け続けている。



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これはオウムガイ、マキガイとは異なる。手を入れてみると隔壁があり孔が空いている。のぞいてみてもこの孔は目では見えない。触らないと分からない世界が確実にある。



 テーマ「生命」をまずはみていこう。


 桜井先生がみせてくださったのは、まずはこれ、シュモクザメの模型であった。全体の形をとらえるのはもちろんだが、このサメを通して、魚類全体に共通するヒレの知識、軟骨魚の特徴、クジラなどのほ乳類との見分け方、そして、同じ軟骨魚でもエイとの違い等々、頭の整理に役立つ概念形成の仕方が伝えられるのだ。どこに着目したらサメとエイが区別できるか、魚類とほ乳類では尾びれの向きがどう違うかなど、まずは頭に入れる。そして、いよいよ、いざ、実物のシュモクザメとのご対面。もちろん剥製ではあるが、驚くべき位置に目があったり、なるほどこれが鮫肌なんだと納得したり、下っ腹に2本突き出たペニスに唖然としたり、実物の迫力が十分に両手で味わえる。



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シュモクザメの模型



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シュモクザメの剥製、目はなんと頭の先、つきだしたハンマーの両端



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サメの口の中、3段構えの鋭い歯



 ここから先は、ここまでの触察で培ったイメージをもとに様々な海洋生物との出会いワールドへと進むことになる。桜井先生が知り合いの捕鯨会社からクレーン車やトラックをチャーターして自宅庭に運び、そこに4年間も埋め込み、さらに磨きと手入れを重ねて仕上げたマッコウクジラの骨格標本は圧巻である。さすがほ乳類、私たち人間と同様の骨があるのだ。前ヒレにはちゃんと私たちの手と同様に肩胛骨・上腕骨・橈骨・尺骨、そして指の骨などがあることを、ぜひ触って確認してほしい。それにしても4年も庭に埋めてこれらの骨を取り出された桜井先生、そのときのエピソードをユーモアたっぷりに語られた。「あれは臭かったな」「盛岡で一番でっかい台車を買ったよ」「寒さで庭が凍っていて滑ってくれたからクジラの各部がようやく庭の穴まで運べたんだ」…。いずれも前人未踏のことを成し遂げられた方だからの言葉の数々が聴けるのだ。



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マッコウクジラの第1頸骨、この上にクジラの頭が乗るのだ



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マッコウクジラにも肩胛骨がちゃんとある



 「はじめて分かった!」と思わず口をついて出たのはコバンザメ。なるほどこれは小判というか大判の形そっくりだ。この部分、吸盤になっていてクジラや船底などにくっついて回遊するらしい。「小判鮫みたいなやつだ」と揶揄する言葉の意味がよくわかる。



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実際には大判そっくりの吸盤を背中にもつコバンザメ



 鳥類もおもしろい。動物食のアホウドリと水草を食べている白鳥では嘴(くちばし)の形がこんなに違うのも触ってみてはじめて知ったことであった。また翼をよく触察してみてほしい。揚力を生み出す見事な流線型、翼の中にはしっかり上腕・前腕・そして手指骨などがちゃんと触って確認できるのもおもしろい。



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アホウドリ、想像していたよりかなりデッカイ!鋭いクチバシ、しっかりした足が印象的。



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クチバシは平たい、首筋の羽毛はミンクにも負けない滑らかな手触りの白鳥



 生命セクションには、「なんでも世界一」の部屋がある。ここも実におもしろい。ぜひ桜井先生や川俣館長の蘊蓄を聴きながらじっくり観察してほしい。



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ヘラジカのツノ、シカの仲間ではもっとも大きなツノである



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これがセイウチの世界一長い糸切り歯(犬歯)、氷に深く刺さって抜けなくなったらどうするんだろ?



 次は「宇宙」がテーマだ。


 視覚をもちいない私たちにとって、宇宙や星座の世界は苦手な分野である。しかし、それだけに何とかして分かりたいという興味津々の人もたくさんおられるのも確かだ。まだ苦手意識をもっている人もぜひ一度この博物館にて桜井先生の解説を聞いてみてほしい。工夫された模型の数々が、これまで言葉でしか知らなかった世界を形として思い描けるようにしてくれるのだ。この体験はとても楽しい。模型を触っているうちにどんどん質問が沸いてくる。そして、その解説を桜井先生が「待ってました」とばかりに受け止めてくださり、また、次の模型が登場するのである。模型といっても手作りだ。概念整理の順番に沿って次から次へと手作り模型が繰り出されるのである。こうして、言葉の知識としてだけだった私の日食の理解も、これらの模型だけでバッチリ、スッキリ頭に整理できたのである。これぞ「納得を伴う分かった」の体験であった。



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大きさが一触瞭然の太陽系の惑星たち、軸の傾きもすぐわかる



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10億分の1サイズの太陽と惑星たち



写真16
地球の内部、サランラップ3枚重ねの分厚さが私たちの地殻の厚さですって



 3つ目のテーマ「文化」では、模型を通して、これまで漠然としていた建造物の大きさ・美術作品の姿などがわかる。「クフ王のピラミッドと仁徳天皇陵(大山山古墳)とは、さてどっちが大きいか?」、では「クフ王のピラミッドと甲子園球場とではどっちが大きいか」。一触瞭然である。仁徳天皇陵が圧倒的に大きいのだ。

 桜井先生のお子様たちが石膏などで作られたヒエログリフやタージマハルの模型。近代精神の前進を象徴している自由の女神の前に踏み出している足の形などなど、触ってみてはじめてわかったことはこれでいくつになるだろう。



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クフ王のピラミッドと甲子園はほぼ同じ大きさだった



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桜井先生のお子様が作られた手でみるヒエログリフ



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ボーイング747ジャンボ機のタイヤ、模型の飛行機を触ってからこの実物
タイヤを触ろう、あなたにも飛行機の外寸がイメージできるかも…



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クレーン車で分けてもらってきた新幹線の車輪



 これは有名な「ミロのヴィーナス」である。腕がないこの象について桜井先生はこう言われた。「障害者であるにもかかわらずヴィーナスは‘世界の美’となっている」と。なるほど…と思わされた。障害の身体的マイナスとは無関係に‘美’は立ち上ってくるのだ。



写真21
ミロのヴィーナスとのツーショット



 最後に、ぜひ盲人の歴史に関するコーナーにも触れてほしい。私たち視覚障害者の原点につながる話を桜井先生からはいっぱい聞くことができるだろう。琵琶法師と当道座、瞽女と盲僧、東北地方ならではの大和宗と大乗寺など、聞いていてどの話も自然と背筋がしゃきっとする。



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視覚障害者の職業コーナーに鎮座する鑑真和上



写真23初めて実物を見たあんま笛、2本重ねのものが女あんま笛



 「見える人なら、その場を動かずして観察することができます。でも、見えない人は、観察したいものの前まで動いて近づかなければいけません。触るということは情熱がいるのです。その場にじっとしていて触りたいものが目の前に据え膳のようにやってくることなどないのです。触りたいという熱い気持ちが触察なのです。」この桜井先生の言葉には、視覚障害教育の原点を感じた。私たち教育に関わるものは、熱伝導率の高い子どもたちを育てないといけないのである。その前に教育者自身に子どもに伝えたい熱があるのかが問われてくるだろうが…。ここ、視覚障害者のための手でみる博物館は、視覚障害教育に携わる見える者にとっても「はじめて分かった」の宝庫なのであった。

視覚障がい者のための手でみる博物館見学のしおり・アクセス(公式ブログより)
http://tedemil-hakubutukan.asablo.jp/blog/cat/2/

視覚障がい者のための手でみる博物館、館長の思い・触って理解するということ(公式ブログより)http://tedemil-hakubutukan.asablo.jp/blog/2013/02/


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